長泉院
2008年 04月 15日
近在の自社仏閣等何でも知っているつもりではありましたが 案外見逃している処も有った様で・・・ ここは大森氏所縁の寺で 現在の住職も大森姓なのであります
戦国時代の黎明期小田原の主であった大森氏は
家臣を巻き込んでの一族間の相続争等が元となり
大森氏の権力は弱体化してしまいます
大森氏が北条早雲によって
明応四年に小田原城を奪取されたとする従来の説は
諸々の資料等に依ると疑わしく
西相模の覇権を自ら放棄して
北條氏に小田原を明け渡した節も多々有る様です
北條五代の間 日の目を見ない大森氏の嫡流は
後北条氏の家臣とななった一族に庇護され続けたのも
そのあたりの事情に依るのではないかと推測されます
江戸時代には 徳川旗本大森氏として家を再興しています
長い参道の途中に有る 屋根の有る橋
戦国時代の黎明期小田原の主であった大森氏は
家臣を巻き込んでの一族間の相続争等が元となり
大森氏の権力は弱体化してしまいます
大森氏が北条早雲によって
明応四年に小田原城を奪取されたとする従来の説は
諸々の資料等に依ると疑わしく
西相模の覇権を自ら放棄して
北條氏に小田原を明け渡した節も多々有る様です
北條五代の間 日の目を見ない大森氏の嫡流は
後北条氏の家臣とななった一族に庇護され続けたのも
そのあたりの事情に依るのではないかと推測されます
江戸時代には 徳川旗本大森氏として家を再興しています
長い参道の途中に有る 屋根の有る橋
by ysoota
| 2008-04-15 06:33
| 歴史と物語