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by ysoota
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ご先祖様の幕末

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今 南條範夫の小説「遺臣の群」を読んでいます 大政奉還が行われた当時 旗本や御家人達の混乱ぶりが題材とされています 
我が家のご先祖様も当時高田藩[榊原家]定府の藩士だった為 加賀百万石の大屋敷と忍ばずの池に挟まれた藩邸内の長屋で家族と供に暮らしていました ご先祖様は数代前からの江戸詰めで 田舎大名の平藩士でしたが 江戸生まれの江戸育ち 少年時代には一応剣術修行も人並程度は修めなければならず 技の千葉(玄武館)・力の斉藤(練兵館)・位の桃井(士学館)とうたわれた「江戸三大道場」の一つ北辰一刀流の玄武館[一番近場だった為]で数年間形ばかりの稽古に励み?ました 家督を継いでからは役目柄他藩の動向や府内の様子を散策して情報収集にも勤めなければなりませんでした 府内を官軍に占拠されてからは官軍の兵士達とすれ違う際には道を譲り 内心は「薩長土のど百姓風情が江戸で肩で風切って歩く等笑止千万!」と思いつつも 一礼して「お役目ご苦労でござる」などとおべんちゃらごときことも言わなければならない 辛いお役目でもありました 遠い先祖は三河出身ですから 同族の御家人も居り玄武館時代の旧友等多少の親交もありましたが なんと彼等のなかには官軍と一戦辞さずという強硬派も多く どうやら徒党を組んで官軍と相対する派が林立し始め それらを統合して彰義隊なるものが結成されました 片や領地に避難する者 あるいは新たに徳川家の領地となった静岡へ移住する者等江戸府内は混乱を極めていました 中でも御家人達の静岡移住組みは ほとんど無禄移住ですから 大変な苦労をした様です ご先祖様等は雪深い新潟に避難するなど思いもよらず 毎日憂鬱な日々を過ごしていました 上野の山に立て籠もる彰義隊と官軍は慶応4年5月15日遂に戦端が開かれましたが 何分多勢に無勢 装備の違い甚だしく半日の交戦で彰義隊は敗走 当日藩邸では勿論外出禁止で何事にも対処しうる様 鉢巻襷掛けで終日を過ごした様です 五稜郭や北陸一連の戦いも片付き 藩籍奉還 廃藩置県 江戸藩邸撤去 ワッーご先祖様ピンチ!!! 明治4年廃藩置県の詔勅が下されました 殿様達や大藩の重役は新貴族として新政府が生活の保障をしますが その家臣団までは面倒みきれません ご先祖様等下級藩士については 以後の行動については構い無し? 体よくリストラされちゃったんですねー 大変!!!ルンペンにでもなって行き倒れなーんてことになったら 僕が存在しなくなっちゃうんですから がんばって下さいネーご先祖様......... 続く
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大政奉還の図
東京府養生館国史壁画集よりD70にて転写加工を施してあります
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by ysoota | 2006-03-09 07:49 | 歴史と物語